No.6 アールとグレイ

黒猫のアールと黒猫のグレイは夫婦です。結婚したのはすっかり忘れるぐらいずいぶん前のコトです。
ふたりは幼い頃からずっと「小説家のお屋敷」で暮らしていました。
小説家は猛烈な人間嫌いでしたから使用人などは雇わずに
身の回りの世話などをアールとグレイに頼んでいました。

「おーい。アール。今日は何曜日だったかな?」
「水曜日ですよ。旦那様」
「おーい。グレイ。昨日の夕食は何を食べたっけ?」
「お魚を焼いて食べましたよ」
「そうじゃ。アールに今週の給料をあげなくちゃだな」
「旦那様。朝にもらいましたよ。うふふふ」
「そうじゃ。グレイに老眼鏡をプレゼントしなきゃだな」
「旦那様。先月に上等なのを頂きましたよ」
「そうか。アールよ。暖かい紅茶を頼む。えーと。ミルクを」
「かしこまりました。濃いめのアールグレーに」
「ミルクをたっぷりですね。旦那様。いつものように」

朝になると小説家はアールの持ってきた新聞を読みます。
グレイはカリカリベーコンとゆで卵を作ります。
昼になると小説家は小説を書きます。
パイプで刻みたばこを吸いながら小説を考えます。
アールとグレイは日溜まりの中でお昼寝をします。

夜になると小説の仕事は終わります。
グレイの焼いた魚を美味しくゆっくりと食べます。
小説家は食事をしながらアールとグレイに「小説へのアドバイス」を聞きます。

「旦那様。少年が事件を起こすまでの経緯をもっと詳細に」
「旦那様。伏線のイヤリングですが落ちている場所がどうにも不自然です」
「ふむふむ。なるほど。ありがとう。アール。グレイ」

眠る前にはミルクティーを飲みます。
そしてベッドの上で3人は寄添ってぐっすりと眠ります。
たまに小説家は夜中に飛び起きます。

「アール。万年筆!おもしろい夢をみた。急いでメモしないと忘れる。小説になるぞ!」
「グレイ。やわらかいものと言ったら何を連想する?」
「うーん。焼きたてのパンです。それと安全な毛布です」

3人は誰にも汚されずに屋敷の中でしあわせでした。

しかし。

残念ながら哀しい哀しい事件があります。
旦那様が天寿をまっとうし死んでしまったのです。

「めそめそ。旦那様。いままでありがとうございました」
「しくしく。旦那様。静かに安らかにお眠りください」

お葬式はアールとグレイがひっそりとやりました。
ふたりが泣きながらお祈りをしていると
むかし小説家に勘当されたロクデナシのバカ息子があらわれました。

「おい。オレのオヤジが死んだそうだな。葬式に来てやったたぜ」

バカ息子からは下品な悪者のニオイがプンプンしました。

「おい。オレはな。オヤジのひとり息子だぞ。だから相続権はオレにあるんだ。
遺産はとーぜんぜんぶオレのモノだ。おい。預金通帳はどこだ?
この屋敷はもう売ってきたからな。マンションを建てて株をやってオレは儲けるんだ」

金庫を勝手に開けたり遺品を乱雑に品定め。

「この薄汚いパイプはゴミだな。買う奴はいねーな。
こんな万年筆なんかもゴミだな。売れっこねーな。
ダサいデザインの紅茶セットだな。これもいらねーや」

「バカ息子様。ちょっとお待ちください。それらの品々は旦那様がこよなく愛された物です」
「わたくしたちのしあわせの象徴でもあります」
「けっ!なに言ってんだか黒猫のくせに。おい。じじい。ばばあ。
じゃあこれをくれてやるから出て行ってくれ。立退料だよ。いままでのオヤジの世話代だよ。
オレは親切だろ?普通ニンゲンはな。ネコになんkに礼はしないけどオレは義理堅いからな。
紅茶セットは高く売れるぜ。退職金代わりだ。遠慮せずにうけとんな。
アシタからお屋敷は取り壊し工事だからな。とっとと好きなところに行きな!」

(よいこのみんなへ。

このバカ息子は数年後に株で大損をして悪いオンナにだまされズタボロになります。
材料費をケチった粗悪な手抜きマンションは入居者に多額の損害賠償金を支払うことになり
どーにもこーにもならなくなりました。のたれ死んだ・地獄に堕ちた・闇金の借金返済のために
内蔵を売り飛ばされたなど噂になりましたがそんなの知らねーなって感じです。
みんなは黒猫にもお年寄りにも親切に自分さえ儲かればいいなんて人生にしないようにね)

アールとグレイは途方に暮れました。
裁判も考えたのですが旦那様はそれを望まないような気がしました。
もしやったとしても判決が出るまでに「たくさんの時間」がかかります。
ふたりはそれまで生きていられるかわかりません。

「グレイ。どうしましょう?わたしたちいまさらノラ猫でやっていけるでしょうか?」
「アール。とにかくこの屋敷を出よう。ワシはここが壊される工事なんか見たくないよ」
「ねえ。グレイ。わたしは公園で暮らしたっていいけれど
もしアナタが先に死んでしまったらもう生き甲斐はありませんよ」
「それはワシも同じだ」

ふたりはトボトボと歩き出しました。夜は濃く深く寒くとても寂しいです。
旦那様の想い出の品が入ったカバンは鉛のカタマリのようにひどく重く感じました。
月明かりが路上にふたりの影を長く長く伸ばします。

(よいこのみんなへ。ふたりはもう高齢だし真夜中の寒い夜道を長く歩かせたくありません。
だから作者は都合よく下記の張り紙を発見させることにしました)

「黒猫レインを探しています。情報提供者募集中!
レインハウスではチビ猫たちのしつけ係の黒猫夫婦も募集中です。
ワケアリの黒猫は気軽に連絡してください。カツオフレッシュパックも食べ放題。詩人より」

アールとグレイがレインハウスにやってきてから
3時に「お茶の時間」をみんなで楽しむようになりました。

「ゼリー。お砂糖を入れすぎないように」
「ロボ君。干しぶどうを残したらいけませんよ」
「ハリーちゃん。手は洗いましたか?」
「ミック。もう少しボリュームを下げて」 

「いやー。詩人としてはビックリだよ。
あのワンパクとオテンバどもがアールとグレイの言うコトは聞くんだもんな。
来てくれて本当によかったよ。みんなどんどんナイスな黒猫に育っていくよ。
とにかくコレでオレも詩を書く時間がたっぷりできる。でも問題もある。
いまスランプでいい感じの詩が書けないんだな」

「詩人さん。小説をお書きになったらどうでしょう?」
「小説?オレにはストーリーなんかムリだよ。短いコトバで精一杯だし」
「わたしたちは少々小説の心得があります」
「ここにはたくさんの黒猫がいます。それぞれたくさんの過去や想い出を抱えています。
それをストーリーにすればいいんですよ」
「なるへそ。どうせ詩が書けないからやってみるか。
よし。じゃあ『ゼリー』のコトからはじめてみるよ。
できたらチェックしてくれよ。ふたりがオッケーならブログに発表しよう」

「詩人さん。よかったらこの万年筆で執筆していただけませんか?」
「いいねー。書きやすそうな立派な万年筆だ。なんだか名作が書けそうなペンだな」
「詩人さん。たまにはパイプでタバコをどうですか?」
「いいねー。なんだか『小説家の先生』ってカンジだな」
「詩人さん。ありがとうございます。わたしたちはとてもしあわせな年寄りです」

アールとグレーのアドバイスがなければ
詩人は今日も「詩が書けねー」と万年床で苦しんでいたコトでしょうね。
そして黒猫物語を思いつくこともなかったでしょう。

おしまい

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