No.7 ロボ

黒猫ロボはペットショップで売られているネコでした。チビすけで用心深く他のネコとほとんど遊ばずいつもオリのすみっこでじっとしていました。そして目に映るすべてにものが敵であるかのようにロボは鋭い瞳でバカげた世界をじっとにらみつけていました。

「おー。子猫はかわいいなー」
「いやん。ぜんぶ欲しくなっちゃうわ」
「ちゃんとした猫は高いからぜんぶは買えないな。1匹だけだよ」
「いやん。どのコにしようかなあ。あのクロチビは無愛想だからパスね」

お客さんがオリのすきまに指を入れると他のネコは可愛らしくじゃれつきます。
そしてどんどん売れていきます。ロボは買われることを拒絶するかのように
オリの奥からじっとにらみつけています。

「やった。買ってもらえたぞ。これでこんな狭いオリ暮らしとはおさらばだ。
じゃ。みんなグッバイね」

そしてロボだけが売れ残りました。
次々と新しい「商品」がオリに補充されてまたすぐに売れていきます。
アメリカンショートヘアー・スコティッシュフォールド・ロシアンブルー・ペルシャ・ベンガル。
ブランド好きなお客。適正価格で取引される高額な猫。商売繁盛に笑みが溢れるショップオーナー。
ロボがにらみつけるのも当たり前かもしれません。

そんなペットショップに毎日来る少年Aは中学1年生。
色白でやせっぽっちでどことなくカゲのある少年Aは小学校を3度転校しました。
キッカケはいじめです。でもどこへ転校してもいじめられるのです。
そのたびに先生にいろいろ質問されたり役所の人に事情を訊かれたりしました。
だけど少年Aはうまく答えられません。人と話すのがとても苦手だったし
どうしていじめられたのかと訊かれてもその理由は自分ではわからないからです。
少年Aはもう学校に行きたくないとパパに言ったのですがパパはそれを許しませんでした。

「我が一族はエリートなんだからちゃんと勉強していい大学に入って
大臣や医者や弁護士・株主なんかのエリートになるのがキマリなんだ。
ひとり息子なんだぞ。フリースクールなんか恥だから絶対禁止!」

少年Aは朝起きると中学校へは行かずに図書館やネットカフェに行きました。
そこで本や漫画を誰とも関わる事なく読む時間が大好きでした。
だけどもっと好きな時間はペットショップでロボと話すコトでした。

「ロボ。こんにちは。ボクは今日も学校をサボったよ。バレたらぶたれるから内緒の秘密だよ。
ねえ。この前授業で先生がマイナスとマイナスを掛けるとプラスになるって言ってた。
だけどよくわからないんだ。1000円つかったらマイナス1000円でしょ?
また1000円つかったらまたマイナス1000円。それを掛けたらマイナス2000円じゃないのかな?
1000円を2回つかったのにプラスになって増えるの?エリートはわかるのかな?
ロボはわかる?
ねえロボ。また他のネコはみんな売れちゃったね。ロボは寂しい?それとも寂しくない?
ボクはひとりでいるのが好きだけどロボといっしょなら素敵だろうね」

ある日のコトです。少年Aがペットショップに行くとオーナーが話しかけてきました。

「キミ。この黒猫を買う気はないかい?すごく無愛想なネコなんだけどさ。
どうもキミだけにはココロを許しているみたいなんだよ。
鍵を開けるからオリに手を入れてごらん」

少年Aが手を入れるとロボは静かに近寄ってきてぺろりとなめました。
そして指先をカプカプと噛みました。
少年Aは嬉しくて嬉しくてじんわりドキドキしました。

「やっぱりね。キミタチはきっとなかよくやれるよ。
さて値段交渉だ。このネコは血統書付きといってとても高価なんだ」

「ケットウショってなんですか?」

「んー。まあエリートってコトだね。とにかく値段が高い。だからあまり売れない。
子猫はどんどん成長する。子猫じゃなくなるともっと売れなくなる。可愛くないからね。
それでずっと売れ残っているネコは賞味期限だから処分するんだ」

「処分ってなんですか?」

「それは詳しくは言えないけれどキマリなんだ。
オトナの世界の話だよ。まあいい。90%割引にする。
トイレや砂はサービス。ミルクもつけるよ。どうだ?」

黒猫ロボは少年にウインクをしました。少年は店を飛び出して走りました。
部屋に駆け込み貯金箱を持って漫画やゲームソフトをリュックにぎっしり詰め込みました。
丁寧に保存していたゲームは高く売れました。

「ペットショップのおじさん。これで足りる?」
「どれどれ。うん。足りるよ。じゃあカゴに入れておいたから。
お買い上げありがとうございました。ずっとなかよくね。ちゃんと名前をつけてあげるんだよ」

黒猫ロボが突然言いました。

「オレはロボだよ。少年Aがとっくに決めた名前だよ。
無愛想で目つきの悪いバーゲンセールの血統書付きのロボだよ。
少年Aはエリート崩れの不登校のいじめられっ子。
おじさん知ってた?マイナスとマイナスを掛けるとプラスなんだぞ」

少年Aの部屋でロボは暮らしはじめましたがすぐにバレてしまいます。
怒ったパパは大きな声で怒鳴ります。

「オマエは学校も行かずに何を考えているんだ!!
そんな薄汚いネコ捨ててこい。勉強しろ!エリートになるんだぞ!」

少年Aは生まれて初めて「反抗」をしました。

「うるさいよ。うるさいよ。なにがエリートだよ。
ボクとロボはマイナスでふたりをかけるとプラスなんだ。
だからこんな家はおさらばだよ。お父さんさよなら」

家出したふたりはネットカフェに行きました。

「ロボ。これからどうしよう?」
「そうだね。パパさんの財布盗ってきたから3日ぐらいはだいじょぶそうだけど」
「ペットショップのおじさんに相談してみようか?」
「よくない気がする。きっとおじさんはパパに連絡する。
少年Aを見つけたお礼のお金をもらうためにね」

会話を聞いていたネットカフェのバイトのおねえさんが言いました。

「悪いけど話を聞いちゃった。いずれにしてもここも危ないよ。
ペットは入店禁止だから店長にバレたらアウト。叩き出される。
アタシのウチに泊まらせてあげたいんだけどさ。
カレシが子供と猫が嫌いでさ。だからアタシにも子供産むなよあきらめろってね。
ごめんね。つい愚痴っちゃた。アタシは子供欲しいから。
それでね。アタシもウワサでしか知らないんだけどさ。
ワケアリの黒猫に優しいレインハウスってのがあるみたいだよ。
そのパソコンで検索してみて。レインハウス・黒猫・ワケアリでヒットするかな?
あとこの携帯あげる。お客さんの忘れ物のプリペイド携帯。
こんなの禁止なんだけどずっと取りに来てないから内緒であげる。
残高あんまりないけど少しなら使えるからお守りがわりにね。
不安だろうけどさ。意外と人生なんとかなるよ。それに」
「それに?」
「ひとりじゃないでしょ?それってすごいことなんだよ」

少年Aは検索してこんな記事を見つけました。

「黒猫レインを探しています。どんな情報でも。レインを探す探偵も募集しています。
ワケアリの黒猫さんも遠慮なく尋ねて来てください。詳しくはレインハウスの詩人まで」

レインハウスで少年Aは詩人に事情を話しました。

「オッケーだよ。なかよく暮らそう。でも少年Aは勉強も仕事をしなきゃダメだ」
「どんな仕事ですか?」
「ひとりでやるのが好きなんだろ?じゃあレインの張り込みを頼むよ。探偵見習いさ。
それとペット探偵も頼む。ロボが聞き込みすれば迷い猫も見つかりやすいかも」
「わかりました。勉強は詩人さんが先生ですか?」
「オレはムリ。バカだから。張り込みの時に好きな漫画でも読めばいい」
「え?漫画でいいのかな。学校では漫画禁止でした」
「あのな。勉強ってのは化学や二次関数とかだけじゃないんだよ。
つーか専門家でもなけりゃ連立方程式も元素記号も人生にはあまり役に立たない。
それより迷い猫を探すいい方法を考えたりそれが失敗したりなんかがずっと役に立つ」
「よくわかりません。でも迷い猫を見つけて飼い主さんが喜んだら嬉しいと思います」
「それでいい。ところでロボ。ペットショップ暮らしはどうだった?」
「狭い。注射が痛い。太陽がなかったから太陽を知らなかった。
だからレインハウスでみんながひなたぼっこしてるのが不思議だったの。
でもみんな気持ちよさそうだからマネっこしたらあったかくて気持ちくて寝ちゃった」
「そうか。オレも注射大嫌いなんだ。レインハウスには注射がないからもう痛くないぞ。
太陽はタダ。誰のものでもない。浴び放題の生涯無料プランだ」
「詩人さん。質問があります。なんでマイナスとマイナスを掛けるとプラスになるんですか?」
「あーそれな。オレもわかんなくて先生に聞いたけどもっとわかんなくなった。
だから答えられん。忘れろ。いや。忘れなくてもいい。気になるなら自分で調べろ。それが勉強だ。
でもな。思うんだ。マイナスってなんか悪い感じするだろ?赤字とか損したみたいにな。
でもな。電池にはプラスとマイナスあるけれどプラスがいいわけじゃなくて
両方ないと電気ビリビリにはならないからどっちも大事なんだと思う」
「なんとなくだけど言ってることわかります」
「少年よ。キミは素直でひじょーに素晴らしいがオレはいまテキトーぶっこいたんだ。
それっぽいこと言って煙に巻くって戦法だ。つまりキミはダマされかけたんだな。
こーゆーのを社会勉強と言う」

そんな風にして少年Aもロボもレインハウスの仲間になりました。
少年Aは勉強の本を読みながらレインの張り込みをしています。
この前は近所のおばさんに頼まれて迷子になった猫のぴーちゃんを探しました。
ロボが野良猫に聞き込みをしたら夜中に見かけたと教えてくれたので
眠いけど夜中に探したら迷子のぴーちゃんを見つけました。
おばさんは大喜びで少年Aも嬉しくてお礼にもらった高級おやつでロボも嬉しくなりました。

「ねえロボ。パパもママもボクが迷子で心配してるかな?」
「かもね。あの携帯で電話したらどう?元気だって教えてあげたら喜ぶかも」

ピーっという発信音のあとにメッセージを。

「パパ。ママ。心配かけてごめんなさい。財布を盗んでごめんなさい。
ボクもロボも元気です。探偵の仕事をしてます。勉強もしてます。
服がキツくなったから探偵の給料で新しいシャツを買いました。
探偵も勉強も楽しいです。いじめっこもいません。そうだ。質問があります。
パパはどうしてマイナスとマイナスを掛けるとプラスになるのかわかりますか?
答えを知ってたら電話してください。エリートだったらわかるのかな」

それから何度か季節が過ぎていき少年Aはたくましくどんどん背が伸びていきました。通信制の高校の勉強をしながらロボと一緒にペット探偵の仕事をしています。将来の夢も目標も見つかっていないけれど毎日ワクワク暮らしています。チビすけのロボも大きな大きな黒猫になりました。レインハウスでいちばん大きいかもしれません。こっそり詩人は調べましたが少年Aに捜索願いは出されていませんでした。警察にごちゃごちゃ訊かれなくてすむなと思ったりひとり息子が心配じゃねーのかよと思ったり。
もし。世界中のワケアリの猫とワケアリの少年少女たちと一緒に暮らすとしたら。
東京ドーム1000個分ぐらいの場所じゃちっとも足りないかもしれませんね。

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