番外編 保護猫ブルーの場合

ブルーは若夫婦と暮らしていました。

陽当たりだけがとりえのボロアパートで貧乏な生活でしたけれど
寄り添ってなかよく笑いながら暮らしていました。
黒猫ブルーは瞳が素敵に青かったのでオンナがブルーと名づけました。
オトコはその名前が気に入って子供ができたらブルーって名前にしようぜと
口癖のようにいつも言ってました。ブルーは同じ名前が二人いるのはなんだかいいなと思いました。
ボロアパートのボロい窓からは夕焼けが綺麗に見えます。
たまに3人でオレンジ色や紫色に空を染めながら沈んでいく太陽を静かに見つめていました。

〜いつの間にか陽が暮れて 空に星ひとつ また明日〜

やがて若夫婦には念願の子供が産まれました。小さくて柔らかくて壊れやすい宝物。
ブルーは私がお姉ちゃんなんだから大切に守らなきゃと思いました。

子供の名前はブルーには難しくて読めない漢字になりました。
オンナのお父さんがブルーなんて外人みたいなのは絶対にダメで
やっぱり偉い占い師さんに名づけてもらわないといけませんと「鱗」と決めました。
若夫婦には「ありがとうございます」以外の返事は許されませんでした。
その子は「リン」と呼ばれることになりオトコは「リンってのも外国人みたいだけどな」
そう思ったけれど黙っていました。

4人で暮らし始めていろんなことがギクシャクしてきました。バランスも崩れてゆきます。
オンナはリンのことで忙しくてイライラしたりブルーのご飯を忘れたり。
夜中にリンが泣くとオトコは明日仕事なんだよゆっくり眠りたいからなんとかしろよ。
オンナはそんなこと言うならアンタが寝かしつけてよとますますリンは大きく泣いて
オトコは飲めなかったお酒をグビグビするようになりました。
ブルーは泣き止ませようとリンを舐めたりしましたが
オンナは猫の毛が口に入ったらどうするのと叱りました。
そんな風にオトコとオンナは毎晩言い争うようになりました。
子供はお金が必要だからもっと稼いでよ。そんなこと言ってもタクシー業界は不況で大変なんだよ。
大変の割にはお酒の検査で仕事ダメになったりアンタいい加減ね。なんだって?いい加減?
リンの夜泣きがうるさすぎて飲まなきゃ眠れないの。しょーがないんだよ。
ブルーは本当に困りました。ご飯を忘れられても仕方ないかなと思ったり。
もうずいぶん夕焼けを見ていないけれどそれも仕方ないのかなと思いました。

そして世界はコロナになりました。
誰も街に行かなくなったから誰もタクシーに乗らなくなりました。
どんどんお金がなくなりオンナはお父さんにお金を借りに行きましたが
占い師に大金使ったから無理だと断られました。
もうオトコとオンナはケンカする気力もなくなりました。
オトコが日雇いで稼いだお金を少しずつ使いながらただ世界がよくなることを祈りながら
先の丸くなった鉛筆でその日その日を塗りつぶすように暮らしていました。

ブルーは家出することに決めました。
自分のご飯のお金がみんなを苦しめるのはすごく嫌だと思ったのです。
それに。私はなんの役にも立たないし邪魔しているかもしれないし。

初めての外の夜の世界。
寒くて固くて怖くてブルーは大きな家のエアコンの室外機の裏でじっとしていました。
ボロアパートの陽だまりを思い浮かべてオトコとオンナが笑っているところを思い浮かべました。
そうしたら暖かくなるような気がしたからです。

数日後。お腹が空いたブルーがウロウロ歩いていると強そうな大きな猫が声をかけてきました。
「ねーちゃん。アンタ捨てられたんだろ?
見りゃわかるよ。いかにも自動的に飯食えてた猫って感じだ」
「私はブルーといいます。家出したんです」
「まあ細かいことは話さなくていい。野良猫なんてみんな訳アリだからな。
それより腹減ったろ。ついてきな。いいゴミ捨て場教えてやるから」
「ありがとうございます。アナタのお名前を教えてください」
「あのな。野良猫に名前なんてねーんだ。
まあたまにエサくれるおばちゃんがキジって呼ぶからキジでいいよ」
「キジさんはずっと外で暮らしてるんですか?」
「いや。オレも人間と暮らしてたよ。まあなんだかんだあって捨てられたけどな。
恨んじゃいないしいい時もあったし古い話だしいまさらゴタゴタ言ってもな」

キジの教えてくれたゴミ捨て場でブルーはむしゃむしゃ食べました。
「ここ。月曜と金曜だけ。あとはエサのおばちゃん次第だな。
喉乾いたら水はペットボトルの残りとか雨水。
まあ慣れるさ。慣れるしかねーつーか」

しかしブルーはちっとも慣れることができませんでした。
腹ペコの猫たちにいつも押しのけられておばちゃんのご飯もゴミ捨て場も
最後の最後にやっと食べられるだけでした。そしてひなたぼっこも寝る場所も
ブルーにはナワバリが難しくて室外機の裏の固い地面で眠りました。

ある日キジが言いました。

「ブルー。オマエはムリだな。野良猫じゃやってけないよ」
「でも。慣れるしかないんでしょ?」
「あのな。野良猫をまとめて面倒見てる人がいるんだ。いい人たちだよ。
そこで暮らしながら新しい飼い主探してくれるんだ。
オマエは見た目がいいからさ。運もあるけどまた自動的にご飯の暮らしできるかもな」
「どうすればいいんですか?」
「見つけてもらいやすい場所があるんだ。そこで悲しそうにしてりゃきっとうまくいくよ。
ただ。気をつけなきゃヤバいのがある」
「それは?」
「オレたちはヤクショって呼んでんだけどさ。噂じゃヤクショに連れてかれた猫はヤバいらしい」
「ヤバいって?」
「噂だよ。噂だけどヤクショに連れていかれた猫は死んじゃう」

いまブルーは新しい家で新しい人間と暮らしています。
暖かくて優しくて美味しいご飯でしあわせです。
ブルーはキジが最後にふざけて唄ってたことを思い出します。

「保護猫保護猫過保護猫。里親いなけりゃヤクショがバン!
達者でなブルー。美人は得だぜってな」

ブルーはキジに「一緒に行きませんか」と言ったのですがキジは首を振って断りました。
「オレなんておっさんだし人相悪いから飼うやつなんていないよ。
それにさ。オレは気ままな野良猫の方が好きなんだ。誰にも向き不向きってのがある。
ブルーは綺麗なお目々で飼い主喜ばせるのが合ってるよ」

詩人は思いました。

レインはしあわせなのだろうかと。
本当はずっと野良猫がよかったのかなと。
レインを保護した人たちは言っていました。
「ものすごく暴れる手間のかかる黒猫って有名だったの」
レインにとっては保護じゃなくて強制連行だったのかも。

その辺のところをレインに訊いたけれど眠そうに小さくにゃまままと言いました。

おしまい。

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