file.5 ジョニーウォーカーのラジカセ

横浜外人墓地の裏側に「元町プール」がある。
ウォータースライダーもなにもアミューズメント的なものは一才ない平凡な市営プール。
利用料金も安くスタッフも監視員ものんびりしていて当時はプールサイドでもタバコが吸えた。
観光案内に特に記載されていないし偶然発見した観光客がプールに入ろうと思っても
売店もないから水着を持っていなければプールは使えない。
だから必然的に元町プールは地元の人が中心になった。土地柄休日の米兵とその家族や
アメリカンスクールの生徒・平日の昼間にのんびり日焼けしている怪しげな人々。
地元ヤクザの引退した親分さんがリハビリのためにプールを歩いている姿もよく見かけた。
親分さんの両サイドを支えリハビリを手伝う若い男は二人とも真夏でも刺青が見えないように長袖。
それなりに有名らしいプロレスラーの巨体は目立った。
彼は共通点不明な奇妙なネーミングのグループを作って
毎日通い同じ場所に座り持ち込んだ大きなクジラの浮き輪などを子供達に無償提供していた。
まあオレも他の人から見れば「長髪のにーちゃんは何者?昼間っからプラプラして」となるのだろう。
通いつめたというほどじゃないけれど夏になると儀式のように時間を作って元町プールに行った。

ジョニーウォーカーと出逢ったのはそのプールサイドだ。
黒い肌を人目にさらすのがイヤだったらしくジョニーウォーカーが現れるのは陽が落ちてからだった。バカデカいラジカセと半ダースのビールを抱えてやってくる。
そしてなにかしらの「いけないもの」を持っていた。
オレ達はその「いけないもの」目当てでジョニーウォーカーとなかよくなった。

ヤツは兵隊のクセに忠誠心のかけらもなくしょっちゅう大統領の悪口を言っていた。
「オレはセンソーなんか大キライいダ。
フロントラインに送らレるのハいつだッてコクジンかラなんだゼ。
オレがスキなノはレゲエとジャパニーズガールとハイネケンだ。
ファッキュー!ブッシュ! ビバ!ボブマーレー」

ちなみに再選された「バカブッシュ」ではなく パパの「アホブッシュ」の事だ。

ジョニーウォーカーは陽気なヤツでそして恐らくは「いけないもの」とビールのせいで
いつもカタコトの日本語でジョークを飛ばし真っ白な歯を見せて笑っていた。
ヤツはDJとしてのセンスも抜群でラジカセからは常に素敵な音楽が流されていた。

とにかくオレ達はジョニーウォーカーといればいつだってナイスだった。

ある晩オレ達が元町プールにいくとジョニーウォーカーがうなだれてプールサイドに座っていた。
ラジカセからはなんの音楽も流れていなかった。
夜更かしのアメリカンハイスクールの子供達のはしゃぐ声だけがナイトタイムのプールに響いていた。

悪友が訊ねた。

「ジョニー。なにしょぼくれてんだ?できることがあんならチカラになるぜ」
ジョニーウォーカーは下を向いたままキッパリとつぶやいた。
「オマエたちにデキるコとナンテなイ。ナニひとつナイ」
いま思えば。たぶん苦笑いをしていたんだと思う。
そしてジョニーウォーカーは立ち上がり紙袋をオレにやや強引に投げるように押しつけて
そのままバイバイも言わずに脱衣所の方に去っていった。
黒い肌が闇に溶け蛍光オレンジの水着だけがやけに目立っていた。

「なぁカオル。ついにジョニーはイカレちっまたらしいなあ。また新しい売人探さないとなあ」
紙袋の中身は大量の「いけないもの」だった。
オレ達はクリスマスプレゼントをもらった白人のガキのように「ブラボー!」と叫んだ。
そして悪友のアパートに仲間を集めて何日もぶっ飛んでいた。
「いけないもの」もなくなりかけた頃つけっぱなしのテレビでは
どのチャンネルでも一斉に臨時ニュースが流されていた。
慌ただしくニュースキャスターが原稿を読み上げる。

「湾岸戦争が始りました」

オレ達はやっと理解した。ジョニーはイカレたんでもキマッていたんでもない。
猛烈に嫌がっていた最前線に飛ばされたんだと。
翌日悪友とジョニーウォーカーの安否を知りたくて横須賀の基地まで行ってみた。
ムダ足だった。フルネームと所属部隊名がわからないと探すことなんて絶対ムリだと。
戦争突入でかなりピリピリした感じの警備兵は
これ以上のトラブルはゴメンだという感じでそう言い放った。

フルネーム?部隊名?そんなのオレ達にわかる訳ないじゃねーか。

ジョニーウォーカーとはその後一度も逢っていない。
悪友はバンドをやめて長距離トラックの運転手をしている。
オレはいまでも夏になると元町プールに行く。たいていはガールフレンドを連れて。
2年ほど前に「健康増進法」という最低の条例のせいでプールは禁煙になった。
なんだかヨコハマにも裏切られたような気がした。
おかげで荷物がまたひとつ増えた。携帯灰皿だ。

〜オモチャの兵隊ジョニーウォーカー 砂漠の国へ飛ばされた もう2度と会えないかもな〜

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