黒猫エルは「占い館」のネコでした。
「水晶玉の横に黒猫を飾ったら神秘的なムードでオレは占い師としてもうかるだろうぜ」
占い師はそんな軽い気持ちでエルを拾ってきました。
占い師は人使いが乱暴で大酒飲みでした。
「うぐぐぐ。二日酔いで気持ちが悪い。おい。エル。水を持ってこい。
そしたらいつものように水晶玉を磨くんだぞ。
日が暮れたら看板の電気をつけて玄関の掃除だ。
それとスーパーマーケットに行って買い物をしてこい。
グズグズするな。オマエはオレのおかげで暮らせるんだぞ」
エルはL字型に曲がったしっぽにカゴをぶら下げて買い物です。
スーパーのレジのおばさんが今日もオマケしてくれました。
「エルちゃんも大変ね。占い師も酒飲まなきゃいいヒトなのにね。
じゃあコレはエルちゃんにお駄賃のミルクキャンディーね」
占い師はこんな調子でだらしがなかったのでエルのご飯をいつも忘れてしまいます。
でも占い館に来るお客さんが「お供え物」といって食べ物をくれるのでなんとかなりました。
「雨に濡れないところで暮らせるだけでもマシだわ」
そんな風にエルは自分で自分を丸め込んでいました。
とにかく占い師はいい加減なオトコですから
いままで「1度も占いを当てたコトがない」のです。
それなにのにこの占い館は大繁盛。
週末にはたくさんの悩み事を抱えたヒトの行列もできます。
「あの占い師の言うコトはは100%ハズレだ。
だからアイツの占いの『正反対』をやれば必ずうまくいく」
そして実際にその通りだったのです。
占い師はもうかったのですが毎晩キャバレーで飲んでしまいます。
「うひー。おねーちゃんは美人だからタダで占ってやるよ~ハイ手相。
ってお手て触っちゃったもんね~間接キッス!!」
マジでムカつく野郎です。
ある日。スーパーマーケットの帰り道。
エルは公園でアゲハチョウと鬼ごっこをして遊んでる黒猫を発見しました。
樹の上からジャンプ!
ひらりと逃げるアゲハチョウ。
油断している黒猫のアタマにリボンのようにとまったり。
「きっとこのネコは酔っぱらいの水も玄関掃除もしないんだわ。
雨が降ったら濡れちゃうだろうけれど自由気ままにやってるんだわ」
うらやましくなったエルは黒猫に話しかけました。
「ねえ。ミルクキャンディー食べる?」
「にゃままま~」
「ねえ。鬼ごっこっておもしろいの?」
「にゃままま~」
「ねえ。アナタのお名前は?」
「レイン」
「あ。もう日暮れだ。帰らないと叱られる。
レインちゃん。また逢えるかな。逢えるよね?」
「にゃままま~」
「遅いぞエル。道草を喰ってたな。たるんでるぞ」
エルは大急ぎでブラッシングをして水晶玉の横に座ります。
今夜もたくさんのお客さん。
「離婚した方がいいですか?」
「うむ」(じゃ離婚なしだ)
「株を買った方がいいですか?」
「ダメ」(じゃ買いだな)
「旅行は南か北かどっちがラッキー?」
「北」(じゃ南だね)
その日の最後のお客さんは探偵でした。
「あのう。わたしは探偵です。黒猫レインを探しています。教えてください」
占い師よりも先にエルが答えました。
「わたし知ってます。今日公園で逢ったわ。
アゲハチョウと楽しそうに鬼ごっこをしていたわ」
「え?本当かい?どんな鳴き声だった?」
「確か。にゃままま~だったわ」
「レインかも! 仕事が終わったらもっと詳しい話を聞かせて下さい」
占い師が大声を上げました。
「エル。その探偵は悪者だ。絶対について行ってはならんぞ。不幸になる」
「ホント!それがアナタの占いね! じゃあわたしはついていきます。
統計的にみてもあなたが『ダメ』と言うのなら行くべきでしょう。
いままでお世話になりました。コレはスーパーのポイントカードです。
あと20ポイントでワインが半額で買えます。
じゃあさようなら」
「ちょっと。待ってくれよ。オレはひとりじゃ占いできないよ。
エル。ココにいればオマエは絶対しあわせになると占いに出た」
「占い師さんさようなら。燃えるゴミの日が変わったので注意して下さい。
さあ探偵さん。まず公園に行ってみましょう」
公園にレインはいませんでした。
かわりに遊びくたびれて眠そうなアゲハチョウが言いました。
「レインね。なんでも大冒険の途中らしいよ。
寒くなる頃には必ずレインハウスに戻るってさ」
エルはしょぼくれました。
「探偵さん。お役に立てなくて申し訳ございません」
「いいよ。この情報はきっと詩人が喜んでくれるよ。
よかったらレインハウスで暮らそうよ。カツオフレッシュパックも食べ放題だよ」
「あの。フレッシュパックってなんでしょうか?」
そしてエルはレインハウスで暮らすコトになりました。
たくさんの仲間と鬼ごっこをしたり昼寝坊したり楽しい毎日です。
詩人のおつかいでミルクキャンディーやカツオフレッシュパックを買いにいきます。
以前と違って「酒ビン」がないのでカゴが軽くてラクチンです。
いま。エルは想います。
「乱暴で酔っぱらいでバカなオトコだったけれど占い師に拾ってもらったからいまがあるんだ」と。
だからエルはお駄賃を貯めて「水晶玉」を買ってプレゼントしようと考えてます。
感謝の意味もあるけれど。
占い館のヤツは「ガラス玉のニセモノ」だったから。
おしまい