メリーゴーラウンド。もちろん本名ではない。本名はありふれたカッコよくない名前。
趣味が切手集めで酒もタバコもやらない生真面目な防火責任者のようなスクウェアな名前。
「結婚詐欺師・ペテン師」のイメージとはあまりにも違うし唄いにくいからオレが適当に名付けた。
彼の身長は190cmに近い。スラッと痩せていていつもいいニオイがしていた。
にこやかで優しそうで気の利いたジョーク。飛び切りのハンサムじゃないけれどとてもモテた。
「秘密やグチを聞いてくれそうなムード」を持っていたからなのかな。
だけど詐欺師。オンナを騙し巻き上げる悪いオトコ。
笑顔も20パターンぐらい使い分けて有効活用している感じ。
いつも違う女性を連れて歩いていた。彼女たちはなぜか申し訳なさそうに彼の少し後ろにいた。
その女性達には綺麗な人が多かったけれどまるで口紅とセットのグッズのような
「脆い黒すぎるシャドウ」でメイクアップされていた。
メリーゴーラウンドはいつもセンスのいいスラリとした服を着ていた。
高価そうなアクセサリーや時計を目立たないように品よく身につけていた。
その女性達に買ってもらったのだろう。
彼女達はメリーゴーラウンドに「何かを買ってあげる」ことで自分を「癒している」ようだった。
同時に複数の女性と付き合えば比例してトラブルも増える。(オレはそうだった)
だけどメリーゴーラウンドにはそんな揉め事はまったくなかった。
一度モテる秘訣を聞いたことがある。そして「トラブル回避方」も。
「企業秘密。オレ。プロだから」とニヤリと笑った。
何気なくホストになれば?客集めラクそうだしといったことがある。
オレは無自覚に彼のプライドを傷つけたようで強い口調でメリーゴーラウンドは答えた。
「ひとりでやった方が全然儲かる。それにオレ酒飲めないしお世辞は言わない。
女を褒めちぎるってのは即効性はあるけど長期的にはマイナスなんだよ。
セックスも基本的には嫌いだしな。まあ仕事だからそれなりにはやるけどね」
メリーゴーラウンドなりの倫理規定を持っていて「貯金の70%」が目安らしい。
それが「相場」なのかはわからないけどなんとなく「妥当な線かな」と思った。
どんな仕事でも成功するために努力は必要だろう。メリーゴーラウンドは成功していた。
特殊な仕事の特殊な努力。プロの結婚詐欺師。マニュアル化できない成功方は企業秘密。
羨ましいと思ったことはないけれどすげーヤツだなと少し尊敬していたかな。
そんなオトコがある日こういった。いつもクールさはなくはしゃいでいた。
「カオル。オレ恋しちゃったよ。ハタチの女子大生。ちょー可愛いんだぜ。
マジで結婚考えてる。他の女とはみんな別れた。金も貯めたし潮時だな。
パーティやるからさ。なんか唄ってくれよ。ギャラはずむぜ」
紹介してくれたその子は確かに清楚で可愛らしいキュートな娘だった。
いままでの女性のような影はなく陽気で知的なムードがあった。
そして二人は暮らし始めた。かなりの家賃がかかりそうな大きなマンション。
たまに散歩だか買い物途中の二人を見かけたけど楽しそうでしあわせそうで
「マジで結婚するかも」と思った。
ここからは後日談。
しあわせだけど退屈なメリーゴーラウンドはヒマを持て余し情熱を注げる「仕事」をこっそり始める。
新しい恋人は不自然なエネルギッシュに違和感を感じて「浮気?」と思うようになった。
彼にとってはあくまでも「仕事」でロマンスや金儲けより純朴とも言える働く喜び。
だけど恋人にそんなことがわかるわけもなくそもそも「結婚詐欺師」だったことを知らない。
そして現場をその娘に見つかる。立派なお役人のひとり娘。父親に泣きつく。
父親は可愛い可愛い愛する娘のために有能で高額な私立探偵を雇っていたのだ。
彼女にとっては「初めて」の相手。信頼して将来を託したオトコが浮気。
迷わず告訴した。
一般的にはこの類の案件は執行猶予つきのそれほどの罪にはならないらしいのだけど
役人の父親は検察関係の仲間に手を回し実刑に持ち込んだ。多額の慰謝料も払わせた。
季節が何度も巡り刑期を終えたメリーゴーラウンドから電話があった。
待ち合わせの場所にメリーゴーラウンドは先に着いていた。
元々の痩せていたけどさらに痩せてだらしない無精ヒゲ。
服は安物のジャージで髪の毛はボサボサ。
待ち合わせのコーヒーショップでそんな彼をホームレスだと思い込んでいて
声をかけられるまでメリーゴーラウンドだとは気づかなかった。
挨拶も得意のジョークもなくいきなりメリーゴーラウンドは言った。
「金を貸してくれ。5000円でいい」
数千万はあったはずの貯金はすべて慰謝料になったらしい。
刑務所内のイジメの話を聞いた。それは凄まじいものでオレは書きたくない。
その世界には特有の価値観があって不思議なヒエラルキーがある。
なぜか「殺・暴・強」などの文字が罪名につく人が英雄視・リスペクトされ
「盗撮・痴漢・性暴力」など女性を苦しめるタイプの犯罪は軽蔑されイジメの対象になる。
刑務官もその辺はよほどひどくならなければ黙認らしい。
そんなこんなでメリーゴーラウンドは身も心もほぼ壊れていた。
オレは1万円渡した。「返さなくていい。これからどうするんだ?」
その金は田舎に帰る電車賃にするらしい。
いかにも都会的なメリーゴーラウンドが「寒い田舎町の出身」だと初めて知った。
メリーゴーラウンドは大量の砂糖を入れたコーヒーを飢えた兵士のように飲み干した。
それっきりだ。
セックス嫌いで下戸のプロの結婚詐欺師のメリーゴーラウンド。
光と影の物語。
〜結婚詐欺師のメリーゴーラウンド ポリスの娘に手を出して塀の中 バカなヤツさ〜